「音楽家とフェルデンクライスメソッド」
〜何をすれば良くなるのか、癖とは何か、について〜


この対談は、ピアニストでフェルデンクライスプラクティショナーである松本裕子さんと、フェルデンクライス・ジャパン主宰のかさみ康子との間で去る2016年7月に行われたものです。松本さんは、2011年にフェルデンクライス・ジャパン主催のプラクティショナー養成コースFPTP Yokohama1を卒業してプラクティショナーになりました。現在、ピアニストとして演奏活動も活発にされる中、フェルデンクライスメソッドをピアノ奏法の指導に積極的に応用しています。

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フェルデンクライス・ジャパン代表
かさみ康子


Music Studio C 代表
松本裕子
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kフェルデンクライスのピアノへの応用

かさみ 康子(以下K)

松本さんは、最近フェルデンクライスをピアノの奏法の指導に応用するということを積極的に実践していらして、それをどんな風にやっているのか、皆がすごく興味を持っていると思います。それで、今日は、どういう考え方でどんなことをやっているのか、同じフェルデンクライスプラクティショナーという立場からお話を聞けたら良いなと思っています。

かれこれ、松本さんもフェルデンクライスメソッドを始められてから10年ほど経つわけですね。私の方はもう少し長くて、指導を始めてから20年経っています。ここ数年「音楽家のためのフェルデンクライス」というワークショップを何回か開催したり、CDを出したりしている中で色々と協力していただき、今年に入って、ついに松本さんにピアノを教えていただくようになったのですが(笑)、ピアノのレッスンでも、フェルデンクライスという同じ一つの知恵を共有しているからこそ、分かることがあると実感しています。例えば、ちっちゃな感覚の違いを熱心に捉えて、それがどういう風に全体に及ぶかというようなこととか、そういうことがとても面白いなと思います。

もちろん松本さんは、フェルデンクライスプラクティショナーとしての、人間の行動全体をとらえる観察力、分析力とか、そういうスキルを使って成果を上げていらっしゃると思うんですけど、実際にはどのように教えていらっしゃるのですか?ATMレッスンも教えているんですか?

m松本裕子(以下M)
フェルデンクライスとしては少々イレギュラーかもしれませんが、実際にピアノレッスンの形に組み込んで行っています。実際に弾いていただいている中にFIのように動きにアプローチしたり、ATMを活用しています。

はじめはATMやFIをピアノ奏法と切り離してアプローチしていたのですが、すぐに演奏が変化するのを味わってもらった方が分かりやすいので、今は組み合わせるようにしています。

私自身も練習の直前に一人でATMしています。動きを確認できますし、柔らかく動けます。


K :私はいろんな方に日常的にFIレッスンを指導しています。最近はレッスンにいらっしゃる演奏家の方が多くて、生徒のだいたい5人に一人は音楽家なんですよね。でも、音楽家でも普通の人でも、基本的にはどういう風に自分自身をオーガナイズするか、自分を使うかという問題を扱うのがフェルデンクライスのレッスンなので、常に同じ視点からアプローチするようにしています。それに比べて、松本さんのように音楽家だけを対象にしてレッスンをするというのは何が違うのか、何が同じなのか、ということに興味があります。

また、松本さんの場合はご自身がピアニストでいらっしゃって、実際に楽器を演奏することを実践して、研究してきた方がフェルデンクライスを応用してそこにアプローチするということは、音楽家たちにとってもすごく意味があることだと思います。とにかく、大変貴重な指導者が現れたということだと思います。


img指先の感覚と全身とのつながり

K :例えばATMレッスンにしても、普通のATMを音楽家のためにどういう風に応用するのか興味があります。音楽家の場合は、手の動きが全てだと思っていることが多いですよね、本当は骨盤と手の動きのつながりが大事なのかもしれないですけど。フェルデンクライスのレッスンでは、骨盤や胸郭などの中心部分からアプローチすることが多いのですが、どういう風にどんなことをやっていらっしゃるのですか?

M :そうですね、今はピアノの方をメインにレッスンしているのですが、やはり手の使い方と音の固さには密接な関係があって、かれこれ45年以上弾いてますから(笑)、音を聞けばかなり敏感に色々と見えるものがあります。手の力が抜けすぎてるとか、肩の動きが伝わってないかな?とか。

ピアノを長い間やっている我々は、指先の感覚や意識の向け方がとても強いのだと思います。いつも指とか手首とか、ピアノに近い部分への意識が集中してしまう。でも体の他の部分を感じる能力は本当に低いんじゃないかな。そのギャップがすごくあって、手と体のつながりをあまり感じられないのが、もしかしたらピアニストの特長でもあるのかもしれないって思います。

なので、レッスンでは最初は指先の感覚と全身を感じる感覚のギャップを埋めるようなイメージで、コネクションを探すことから始めています。それが少し見えてきたら、じゃあもう少し肩が楽だったらどうなるのか、とか骨盤の動きがなめらかになると手がどう変化するのか、など少しATMやっては直ぐにピアノで検証してもらうようにしています。音の響きが変わるのでわかりやすいですよ。だからピアノの横でゴロゴロとしてもらっています。

そもそも私がプラクティショナーになるためのトレーニングをやっている間に一番驚いたのが、指を動かすために全身を使ってるんだ!って。背中も腰も、足も!今では当たり前なんですけど、全身使わないで弾くから肩が凝っちゃうんですよね(笑)

K :なるほど、納得できました。それが基本的な考えなんですね。

km

K :私が実際にピアノを教えていただいて、例えば最初のレッスンで小指の感覚に集中するように言われて、ずっと小指ばかりに感覚を集中させられてもうすごい苦痛で(笑)。普通はそんな小指のことなんか感じていないじゃないですか。だからしんどくて、もう帰りたいと思ったわけです(笑)。

k その他にも、色々教えていただいて、腕の向きを変えたりとか、一箇所を固定しておいて他のところを動かしたりとか、意外な発想がたくさんあるように思います。基本的にはとても発見の多い、体を使う、好奇心と集中力をフルに活用するようなレッスンですごく面白いです。そういうのはフェルデンクライスを応用していらっしゃるのですよね?


M :もちろんそうです。体をどうやって認識させるかっていうのは、フェルデンクライスそのものですね。分化未分化のアイディアとか、方位性の転換とかを使うことであっという間に分かってもらうことができるので、大きな価値があると思っています。ピアノ独特の手のこわばりや、開く時の痛みなども直ぐになくなることも多いです。無理をしないで手を開く方法を脳が認識出来ればよいだけなので。


ジストニアへのアプローチー感覚のリセットー

K :松本さんは、フェルデンクライスの考え方を使って、ジストニアという症状を持っているピアニストの方たちへのレッスンもしていらっしゃるわけですが、それはどのようなことをしているのでしょうか?ジストニアは過度の練習などによってコントロールできない、意図していない動きが現れる病気で、演奏家にはかなり多くて、治癒が困難であるとされていますが…。

M :弾きながらのFIやATMの入れ方など基本的には同じなのですが、症状の原因を探し出すのが最初です。医者ではないので原因を特定することはないですが、その方独特の、特徴的な力の入れ方を探すことに専念してそこからアプローチしています。

m 最近定期的に通っていらっしゃる方が増えてきて、皆さん本当に症状は様々です。でも興味深いのは、症状が出ていない他の部分の使い方にジストニアの方独特なものがあるように感じてます。肩甲骨や親指の使い方などもその一つです。いつか具体的にお話出来るといいなと思います。

また、ピアノの世界では脱力というキーワード的な言葉があって、いかに力を抜くかということにすごく気を遣うんですね。力をうまく抜いていないから、この病気になったのではないかという考えを持っている方が多い。うまく自分の指がコントロールできないのは力が入りすぎなんじゃないかと。だから逆に力を抜きすぎている方が多いという印象があります。

ジストニアの方は指先の症状に意識の多くが向いているので、ピアノを弾く基本的な感覚をリセットする感じで、指と身体のつながりを再構築する練習方法を一緒に探るようなレッスンをしています。


K :ありがとうございます。様々なことを探索しながら突破口を探そうとしていらっしゃるということですね。
ジストニアというのは、癖と同じように、脳が不適切な学習をしすぎた結果いろいろな問題が起きていると捉えられるわけですけど、そうすると最初からフェルデンクライスをやって脳との対話を常にしていれば起きないことだとも考えられますよね。

M :おっしゃる通りですね。指をどんなに鍛えても、身体が固い状態ではやはり不具合は起きてきますよね。フェルデンクライスを学んでおくと、自分自身を見つめるセンサーを高めていられるイメージがあります。無理してる自分をちゃんと探せる感じですね(笑)自分でも思っていないような動きが出来たりして演奏が楽になりますよ。音色も変わります。


これからの成果への大きな期待

K :
私は松本さんのお仕事には大変に期待していて、近い将来必ず素晴らしい成果を上げられると思っているのですが、どんな風に成果が上がっているという感じですか?

M :そうですね。レッスンの時に色々と驚きの感想を頂けています。指ってこんなに早く動くんですねとか、肩が楽になりましたとか、自分の音じゃないみたいですって言っていただけることが多いです。またジストニアの方々からは、昔の感覚が思い出せたという感想も多いです。私ってこう弾いていたんです!という言葉にはこちらも胸が熱くなりました。

これの積み重ねができればいいなと思いますが、何と言っても長年の癖があるので、それを定着させるのが課題ですね。パッと定着してしまうこともあれば、時間がかかる場合もあります。
癖を克服するということに関して言えば、絶対になおるという自信があります。私自身昔とまったく違う弾き方をしているので(笑)。誰でも自分を見直すことでできる、変えることができるということすね。

K :そうですね。癖は誰にでもあるわけですし、私なんかでもこの歳になってピアノを弾くために指の動きの癖を変えようと一生懸命やっているわけですもんね。以前先輩のフェルデンクライストレーナーに、「誰も特別ではなく、誰もが皆ジストニアなんだ!」と言われたことを思い出します。基本的には、皆、やることは同じということですね。

次の機会には、具体的な応用例についてお話できると良いですね。今後もどうぞ宜しくお願いします。


 
かさみ康子 【フェルデンクライス・ジャパン代表 かさみ康子】
舞踊家としてのキャリアを経て、1995年にNew Yorkでフェルデンクライス・プロフェッショナルトレーニングに参加。2000年にトレーニングを修了。以来プラクティショナーとしてインテンシヴに活動している。2003年、フェルデンクライス・ジャパン設立。レッスンやワークショップの指導に加え、海外から講師を招いてのプロフェッショナルトレーニング、様々なワークショップの開催、執筆、翻訳、出版など、日本におけるフェルデンクライスメソッドの普及とレベルの向上に尽力している。
監修『脳を刺激して心と体をラクにするエクササイズ〜フェルデンクライス入門』(マガジンハウス)
著書『はじめてのフェルデンクライス』(地球丸)
訳書『フェルデンクライスの脳と体のエクササイズ』(晩成書房)
松本裕子 Music Studio C 代表 松本裕子ピアニストのためのフェルデンクライス
桐朋女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学ピアノ科卒業。米国インディアナ大学音楽学部大学院ピアノ科修士課程及びパフォーマーズ・ディプロマコース修了。在学中にアソシエイトインストラクターとして後進の指導にあたる。5年間のアメリカ留学の後、モスクワ音楽院付属中央音楽学校において音楽教育研修コース修了。 1998年頃より手の不調を感じて演奏を一時期断念。その後身体のメカニズムや使い方に興味を持ち2007年よりフェルデンクライスを学び2011年よりプラクティショナーとして活動を開始。
現在ピアニストの立場からフェルデンクライスを活用した効率的な身体の使い方や奏法、ジストニアなど手の故障について研究、個人レッスンやワークショップなど全国で活躍している傍ら、演奏家としても活動を続け、東京を中心に定期的なソロリサイタルやオーケストラとの共演などソリストとして活躍中。また室内楽奏者としてもデュオからクインテットまで数多くのコンサート実績を持つ。
(一社)全日本ピアノ指導者協会正会員。PTNAジャスミンTAMAステーション代表。フェルデンクライスプラクティショナー。大阪芸術大学非常勤講師。





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