■ 記事
統合の川の流れ
フェルデンクライスプラクティショナーに向けてのIPNB(インターパーソナルニューロバイオロジー)の紹介
ダナ・レイ

フェルデンクライスメソッドを始めたきっかけ

「自分が何をしているかが分かれば、自分のしたいことができるようになる」。フェルデンクライスメソッドのプラクティショナーは皆、このモシェ・フェルデンクライス博士の言葉を知っていることでしょう。この言葉によって私たちは触発され、自分なりに理解し、自己発見と知識の探求の道を歩んでいくのです。

1982年のフェルデンクライスメソッドとの出会いで、私の人生は一変しました。より深い自己認識への扉が開かれ、新しい情報を取り入れるための枠組みが私の中で出来上がったのです。初めてATMのクラスに出た頃、私は心理療法を学ぶインターンで、クライアントとのトークセラピーの限界に物足りなさを覚えはじめていました。フェルデンクライスメソッドに私は、それまでに私が学んだものとはまったく違う、より包括的な、ユニークな何かを感じ、魅了されました。私は注意欠陥多動性障害―ADHD―と診断されてもよいような子どもでした。教室にじっと座っているのは苦痛で、もっと実際的で、すぐに実地に適用できることを学びたいと思っていました。学んでいることに実際に手を触れて、命を与えたいのです。最初のフェルデンクライスメソッドの三時間のコースで、トレーナーのマーク・リース博士のFIを受け、終わって立ち上がってみると、私は自分がそれまでこう感じたいと望んでいたように感じていることに気づきました。その感覚は、ずっと望んでいながら、それまではどう表現していいか分からなかった感覚で、楽で、軽くて、開放的で、鋭敏で、周囲への注意が行き渡り、努力することなく寛いでいました。神経系の深いところに、ドラマティックな状態変移が起きたのです。その初めての経験があまりに衝撃的だったので、私はすぐさまフェルデンクライスのトレーニング(養成コース)に申し込まずにはいられませんでした。

トレーニングでは、自律神経系の交感神経(戦うか、逃げるか、凍りつくか)と副交感神経(卒倒する)が状態変移をコントロールし、そしてその状態変移が人の行動に影響を与えることを学びました。フェルデンクライスメソッドを学び、教えていく過程で私は神経系について深く理解するようになりました。神経系は脳から身体に張り巡らせた大きなくもの巣のようなもので、クライアントに触れたり、身体を動かしたりすると神経系が反応しているのが分かりました。そして自分がATMとFIのレッスンを受けているときも、神経系に変化が起きるのをまざまざと感じることができました。フェルデンクライスメソッドによって私は自分自身をよりよく理解するようになり、学習のプロセスに対する知識が深まり、自己イメージが大きく変わりました。フェルデンクライス博士のおかげで、自分の神経系の素晴らしさに気づき、自分にまだまだ可能性があることを知ったのです。「動きを通して、学び方を学ぶ」というフェルデンクライスの言葉は、たいへん納得がいきました。

心理療法にフェルデンクライスメソッドを組み込むようにしたら、クライアントに大きな変化が起こりはじめました。自律神経系の過剰な反応が減って心地よい中立状態に移行し、どんな新しい状況にもなじみの状況にも新しい、バランスの取れた方法で反応できるようになったのです。穏やかで同時に警戒しているというこの中立状態ははっきり感知できる状態で、クライアントは最初のFIの後の私のように、驚嘆しました。これはフェルデンクライスメソッドが与えうる、もっとも重要でドラマティックな経験でしょう。学習、不安、抑うつ、恐怖、苦痛の軽減などにセラピーで取り組むときは、神経系に変化を起こすことがもっとも大きな目標となりました。


インターパーソナルニューロバイオロジー

私はいつも好奇心に導かれて、より向上するために学びたいと思い、そのプロセスを人と分かち合おうとしてきましたが、その道筋で十年前、脳科学者であり精神科医でもあるダン・シーゲル博士のインターパーソナルニューロバイオロジー(対人神経生物学 IPNB)に出会いました。すると私は脳についてさらに深く理解するようになり、結果としてフェルデンクライスメソッドを教えていく上で力となるツールを得たのです。著書“The Developing Mind”(2001)の中でシーゲル博士は、私が二十年間行なってきた人への働きかけ、観察して来たクライアントの行動について言及し、セラピーがどのようにして効果をあげるのか、新しい科学的説明を試みていました。人間はどういう存在なのか、セラピーはどう効果をあげるのか、という問題に博士がどうアプローチしたかを簡単に説明しましょう。

1990年代初め、ダニエル・J・シーゲルはカリフォルニア大学で児童と思春期の子供の精神医学トレーニングプログラムの指導に当たりました。博士は常に統合ということを重視するタイプで、脳と心を人間の経験の全体像の中で捉えようと、包括的な研究チームを組織しました。チームに加わった四十名のメンバーは人類学、動物学、発達心理学、言語学、遺伝学、神経科学、システム理論など十余の分野の研究者たちで、そこからまったく新しい科学分野、インターパーソナルニューロバイオロジーIPNBが生まれました。人間関係の中で人がどう発達するか(脳の神経パターンは、他の人間との関係に文字通り影響されます)を、総合的な視点で捉える科学です。IPNBは、さまざまな分野の科学、瞑想の実践、表現芸術、哲学などの幅広い知識を利用して人間を探求しようとしています。特筆すべきは、脳科学者の実験室での探求と、セラピストの寝椅子にいるクライアントの心の動きとを結びつけたという点でしょう1

フェルデンクライスメソッドとIPNBの関連性

フェルデンクライスプラクティショナー、そしてセラピストとして真実を探究していた私はすぐさま、シーゲル博士の人間性を捉える観点とフェルデンクライスのアプローチとの間に共通点を見出しました。フェルデンクライスメソッドに没頭して三十年、IPNBに関わって十年経ちますが、この二人の先見者の使命は、人間をばかげた行動から解放すること、この文明の中に暮らす私たちだけでなく文明そのものを向上させることだと私は断言します。二人は厳密な科学的手法を使って、シーゲル博士が「神経の統合」、フェルデンクライスが「成熟」と呼ぶ転換を人々に起こさせ、健康な状態へと導きます。フェルデンクライスは著書“Body and Mature Behavior:A Study of Anxiety, Sex, Gravitation and Learning”にこう書いています、「成熟とは個々人が以前の経験のすべての状況を分解し、現在の環境にもっとも適合するようなパターンに再編すること、すなわち意識的コントロールを神経系の最優先の自動制御機構にすることである」2

フェルデンクライスメソッドと、IPNBという新しい分野のつながりを詳しく見ていきましょう。

  • どちらも学習の法則に則り、主観(個人の視点)、科学(人間の行動に対する厳密な考察)、人間関係(人間関係がどのように人の自己イメージと人生を形作っているか)を重視する。
  • どちらも人間の機能を、統合と混沌の対比の中で捉える。シーゲル博士によると、すべての人の心は統合とつながりを達成するように作られている。脳の中のつながりは変化するもので、経験に応じて脳が変化することを、科学者たちは脳の神経可塑性と呼ぶ。経験により脳の機能と構造そのものが変われば、かたくなさと混沌を統合へ導くことが可能になる。フェルデンクライスにとってこの概念は、規定の事実だった。「私が心と体をどのように見ているかということについてだが、理解したいと思うなら、それは人間の全体の構造が良く統合された状態になるための助けをするということだ。その変化を起こすためには、特別なやり方で心の配線をしなおさなければならない」。
  • どちらも、人間の健康と機能を病理学的観点からは捉えない。フェルデンクライスは次のように言う。「私たちの強みは弱みであり、私たちの弱みは強みである」フェルデンクライスメソッドは治療ではないが、気づきと学習を促すもので、IPNBも、効果的なセラピーはすべて気づきを伴うと指摘する。
  • ダン・シーゲルの九つの統合を、フェルデンクライスメソッドと対比させて考察することで、フェルデンクライスメソッドがどのように統合を促しているかが明らかになると思います。

    1. 意識の統合:「注意をどのように集中させるかが、脳に統合を促すキーポイントである……私たちは注意を安定させる方法を身につけて、選択と変化を促進する気づきにつなげている」3とシーゲル博士は書いています。フェルデンクライスメソッドのATMは、脳の中に統合的変化を促すようにクライエントの注意を導きます。動きのレッスンの中で注意を集中し、起きていることを強調させるのです。骨格と筋肉の動き、思い、感情に注意を集中させますが、注意する対象が変わることで多面的な観点が成立し、それを機能的な、全身の動きへと統合していくのです。
    2. 水平(あるいは両側)統合:「左脳と右脳は別々の機能を持ちながら、互いに補足しあう」4フェルデンクライスメソッドでも、右脳と左脳に働きかけます。たとえば、ATMの間プラクティショナーはイメージを浮かべるよう言葉でリードし、全体的思考法を促して、右脳の機能を刺激します。また、論理的説明、機能的ムーヴメントへの誘導、身体の右側を動かすこと、などによって左脳の活動も刺激します。
    3. 垂直統合:「神経系は垂直に分布されている。身体各部からあがってきて、脳幹と大脳辺縁系を通り、最後に大脳皮質にたどりつく……垂直に統合により分化した領域はつながり、全体として機能するようになる」5フェルデンクライスメソッドは、絶えず垂直統合を行ないます。呼吸、動きのテンポ、筋肉活動に注目してこれを変えます。筋肉の力を減らし、力の分配を変えるのです。思考、感情、感覚、動きを観察し、それらがどのように関連し合っているかを見つけだしていきます。
    4. 記憶の統合:「人は記憶領域で経験を処理し、記号化する」6潜在記憶もしくは身体的に内在化された記憶の蓄積は子宮で始まり、やがて海馬が成熟すると過去、現在、未来の出来事に思いをはせることができるようになり、この頃には顕在記憶が生まれています。フェルデンクライスメソッドには、幼児から成人への発達過程の動きが含まれています。乳児、幼児の動きから成人の複雑な動きを探索していく過程で潜在意識が活性化され、乳幼児期に学習した内容を顕在意識に組みなおし、自伝的記憶情報に統合していきます。
    5. 物語的統合:「人は、左脳の内的言語機能と右脳の自伝的記憶情報の蓄積をより合わせて物語を作り、人生に意味を与えていく」7フェルデンクライスメソッドでは、動きを通して学習します。むずかしいレッスンもあり、やさしいレッスンもありますが、自分が学んだことに驚く瞬間にたびたび出会います。そして学習の過程で、内的言語も変わります。前述のように、私はフェルデンクライスメソッドにより、自分が思っていた以上に能力を発揮できることを知りました。フェルデンクライスの言う「自己イメージ」が、内的言語を変えたのです。「不可能なことを可能に、可能なことをより容易く、優雅に」とフェルデンクライスは言っています。
    6. 状態の統合:「ひとはそれぞれ固有の心の状態があって、それが基本的衝動と欲求を生み出す。人と親しくなりたいという欲求、ひとりでいたいという欲求、自律や独立を目指す欲求、人の世話をしたい、支配したい、などである……。このような状態を統合することで、過去の適応や拒絶のパターンから抜け出し、自分の欲求を率直に認めて違った方法で、違った時期に、満たすことができるようになる」8フェルデンクライスメソッドは、状態を変換させる能力を訓練します。自分の行動パターンを知り、動きと運動知覚学習により、ある状態から別の状態へ移行できることに気づくのです。
    7. 対人関係の統合:「これは、ひととの間にもたらされる幸福感にかかわっている」9フェルデンクライスメソッドのトレーニングでは安らかで、信頼できる、親密な対人関係が生まれ、それがひとと関わる新しい方法を教えてくれます。そしてこの対人関係は、プラクティショナーとクライアントそれぞれの中に、そして互いの関係の中に統合を促します。
    8. 時間的統合:「時間的統合により、人生は楽になり、不確かな中にあっても安らぎを与えてくれるつながりを発見できるようになる」10この統合とフェルデンクライスメソッドとのつながりはさほど明瞭ではありませんが、私の考えではフェルデンクライス博士はこの要素もトレーニングに組み込んでいます。アマーストのトレーニングで、博士はこう述べています。「あなたの骨格は、あなたの魂よりも長く残るのです」そして、こうも言っています。「魂が動いているように動きなさい。もし魂があるならだが」おそらく博士は、生徒たちが最適な動きをしている時に思考を刺激しようとこのようなことを言ったのでしょう。不安をもたらすような考えをユーモアに結びつけ、自信に満ちた動きをすることで人生が有限であることを受け入れられるように、と考えたのだと思います。
    9. より大きなものへの統合:シーゲル博士は、人はみな生まれながらにして健康を目指す存在であるとし、それを「統合を目指す力」と呼んでいます。自分の患者がアイデンティティを拡大させ、より大きな何かの一員であることに目覚めていく過程を観察し、こう述べます。「幸福や知恵に関するさまざまな探究は、意義ある人生を目的を持って生きるにはこの相互連結の感覚が重要であることを指摘している。これが心の目(Mindsight)と統合がもたらす成果である」11私は、フェルデンクライスも同じ成果を意図したと信じています。トレーニングの間彼は参加者に、自分への気づき、他者に対する気づき、環境に対する気づきを促して、統合をもたらすよう働きかけていました。著書“The Potent Self”の中では、自分が育った文化的背景から自由になることが、完全に自分になることだと述べています。

    これらの統合の領域を理解することでプラクティショナーは、フェルデンクライスメソッドがどのように人間の行動を変えているかをより明快に理解することができるでしょう。シーゲル博士の詳細な説明は、私たちプラクティショナーが特に強調していなかった変化の領域まで、明確にしてくれました。フェルデンクライスメソッドをこの新しい観点で捉えるようになって、私はさらなる気づきを得、それを他のプラクティショナーに伝えると彼らの仕事が一段と効果的になるのが分かります。「ダナからダン・シーゲルの研究のことを教えてもらい、私のクラスは内容が倍になりました。フェルデンクライスメソッドについてより詳細に教えられるようになり、生徒も学習に没頭しています」、とアリゾナ・フェルデンクライスインスティテュートのリッチ・ゴールドサンドは言っています。

    私たちは最終的には互いに関わりあって自己認識と学習の過程を進むものだと、私は信じています。生徒はプラクティショナーの導きと指示を必要としており、学習で培われた対人関係は脳に影響を与え、自分の人生や自分自身をどう捉えるかという内的言語を刺激します。生徒は自己イメージが変わり、自分の能力の捉え方の変化に応じて振舞い方が変わり、結局すべての行動と人間関係が変わるのです。

    親切、同情、受容、愛情を心に抱いて人と関わっていくと、情動のコントロールを担う脳の辺縁系が刺激されます。神経科学の研究では、自己認識が高まると脳に変化が起こることが明らかになっています。私が自律神経系のバランスがとれた中立状態と表現したのは、シーゲル博士が「可能性に対して開かれたレベル」と呼ぶ状態と同じです。12「可能性が完全に開かれた状態を思い描きなさい。何も確定はされていないし、あらゆることが可能なのだ」13さらに「ニューロンが発火すれば、すでにあるニューロンにシナプス形成と呼ばれるプロセスが起こって、新しいシナプスができたり、シナプス結合を強化したりする。刺激によって、新しいニューロンが形成されることもある」14感情、思考、感覚、行動を統合すると、脳と心に変化が起きます。単に注意の集中方法で心は脳を変え、運動知覚の気づきを通して脳は心を変えるのです。そしてその新しい状態は、獲得された特質へと変わっていきます。

    フェルデンクライス博士とシーゲル博士というふたりの先覚者に出会い、私は生徒をより細やかに、適切に指導する自分の可能性を楽観視するようになりました。私たちフェルデンクライスメソッドのプラクティショナーは、クライアントの人生の多くの領域を統合しようと努めます。エネルギーの流れと情報をより調和させ、かたくなさと混沌を抜け出て統合、健康、調和のとれた生活を目指します。

    シーゲル博士とフェルデンクライス博士が別々の方向からアプローチを試みた統合は、個人の幸せだけでなく、世界をより広く捉えることを可能にします。フェルデンクライスは神経科学、学習理論、人間の発達に関する重要な概念を具現化する学習の経験を考案したのです。たとえば、自己受容の重要性を指摘しています。自己受容とは自分の姿勢、位置、身体の向き、身体各部および全体の動きからの刺激を受け取ることで、それを学習と結びつけ、動きの変化が自己イメージに影響を与えることに気づくよう説いています。ATMレッスンでは、統合の過程を経験します。分化、連結、統合という段階を追って、体の部分に注意を向け、それを全身の機能的な動きに組み込むのです。ATMとFIによって、体の状態を内部から感じ取る内受容が発達します。経験から感じること、知覚すること、知ることをはっきり自覚するのが、フェルデンクライスメソッドで学ぶ経験の第一歩なのです。そしてそれらの経験のすべてが脳に変化を起こします。フェルデンクライス博士はこう述べています。「私は身体の柔軟性には興味がない。興味があるのは頭の柔軟性だ」

    シーゲル博士は神経科学からのアプローチにより、教育、セラピー、フェルデンクライスメソッドに携わる者の理解を深めてくれ、科学の原理と観察を、簡潔で覚えやすい略語にしています。自分の目標はクライアントの脳をSNAG(ひっつかむ)することだと言っていますが、それはStimulate Neuronal Activation and Growth(ニューロンを活性化させ、成長させるよう刺激すること)の略です。著書“Mindsight”〔心の目、未訳〕で、クライエントのステュアートが右脳をSNAGするよう導いた症例が紹介されています。「特定の技能、瞬間瞬間のニューロンの活動に繰り返し注意を向けることで、神経可塑性により徐々に特定の性向が確立する」¹⁵フェルデンクライスプラクティショナーには、こう言い換えてもいいでしょう。「FIを通してクライエントとの間に親密な信頼関係を確立すれば、その人の脳をSNAGすることができ、それでクライエントの人生は変わっていく」(私の、スージーの症例を参照してください)

    シーゲル博士は「幸福の三角形」というアイデアを、よく口にします。三角形の三つの角には脳、心、対人関係があり、それぞれが「心の目」の形成に関わります。「心の目は、心の中の動きに向けられた注意である。心的過程を、それに流されることなくよくみつめ、生得の振る舞い方や習慣化した反応に身を任せるのではなく、私たちがとかく囚われがちな情動反応のループから抜け出るのを助けてくれる」16それは「忍耐の窓」が、新しい経験、身体感覚、情動、特定の記憶に向けて開かれたのだと説明します。私たちは忍耐を持てば、受容的になれ、窓がなければ、反射的になります。幸せの三角形の対人関係とは、新しい経験のためのオープンスペースと密接に関わります。シーゲル博士が「脳」という用語を使うとき、それは常に神経系を含んでおり、「心」と言うときは体との関係を含んでいます。大部分の人とは、言葉の含意が違うでしょうが、思考は言語による制限を受けることを、ここで指摘しておいたほうがよいでしょう。(スージーの症例を読むとき、私が彼女の「忍耐の窓」を開けようとしていることに注意を払ってください)

    次の症例は、フェルデンクライスメソッドとIPNBが密接に関わりあっていることをよく示していると思います。

    スージーの症例

    スージーは四十五歳で、腰痛と不安感に苦しんでいます。そのため育児やジムでの運動が思うに任せず、夫との間にも隙間風が吹いています。「ジムに行くことで、私は健康を保っているのです」、と彼女は訴えます。四歳と六歳のふたりの子どもがあり、自分はこまかいことにこだわるほうで、育児をきちんとしたいのだけど、自分の母親ぶりにまったく満足していない、と言います。

    「私はいつもぴりぴりしていて、子どもが愚図ると過剰反応をしてしまいます。子どもを宥めるのでなく、自分が一緒に興奮して、怒ってしまうのです。無益な脅しをして、結局みんな不安と不満を抱いたまま終わります」つまり、子どもに対する自分の感情的反応をコントロールできないでいるのです。

    腰痛に関連して、私は彼女にいつからジムに行くようになったかたずねました。すると、覚えている限り以前から、毎日一、二時間行っていたと言いました。子どもの頃からずっとテニスをしていて、何年にもわたってコーチから情緒的にも、身体的にも虐待を受けていたようです。スージーがへまをやるとコーチは怒鳴りつけ、ラケットで殴ったといいます。「私はコーチが怖かった」両親はそのことを知らず、彼女が訴えても真剣に受け止めてくれなった、と続けます。

    最初のセッションは、信頼関係を確立することに留意しました。スージーの話に注意深く耳を傾けると、やがて彼女の呼吸は穏やかになっていきました。彼女は早口だったので、時間をかけて、重要だと思うことはすべて話してくれるように頼み、時間を延長しました。彼女が話し終わると、私がちゃんと聞いて、理解したことをわかってもらうために話を要約し、間違っていないか、もっと話したいことはないか尋ねました。わかってもらえた気がすると彼女は言い、安堵のため息を吐き出して、肩と顔つきが少しやわらいだように見えました。そして、セッションにどういう効果があるのかと私に尋ねます。

    そこで私は、心⁄身体と脳がどのように機能するか、やさしい言葉を使ってIPNBの基本を説明しました。学習の際の対人関係が重要であることを指摘し、安全、尊重、信頼、受容と同時に身体的にも情緒的にも満ち足りていることが変化と学習の必須の要素であること強調しました。このような状態での学習が、情緒を制御する辺縁系と皮質の知覚運動を担う領域(運動野)に働きかけて、情緒的反応とムーヴメントとを同時に統合し,変えて、身体を快適にし、対人関係を改良するのだと説明しました。

    自分の内部で、そして対人関係で、人が身についた振る舞い方を繰り返すのは、脳がそのようにコントロールしているからで、フェルデンクライスメソッドが古い習慣をこわし、新しい、よりよい習慣を導入して、穏やかに行動パターンを変えると説明しました。そこで、スージーに自分自身を感じる知覚運動学習をしてもらいました。

    彼女にハンズオンで行うFIレッスンに続けていっても良いかと聞いたところ、彼女はうなずいて承諾しました。レッスンの間どんどん質問をするよう、自分にとって重要だと思われる感覚や感情を口に出すよう、勧めました。立つことと体を回す動きをレッスンの機能的なテーマにしました。スージーに立ってもらい、彼女に向き合って腰に手を置きました。立っている彼女をゆっくりと回して、骨格のどの部分が体を回す動きに関わっているかに注意しながら、彼女の動きを私がどう感じ取っているかを言葉で述べました。次に骨盤を動かして重心を動かし始め、動きに努力感がなくなる場所を探します。FIで、言葉と手で触ることによりクライアントの注意を誘導するのは、脳が骨格の個々の場所を感じ、どこが一緒に動いているか、あるいは動いていないかを知覚するようにするためです。その部分に注意を集中することで、気づきが生まれるのです。私の注意とスージーの注意を組み合わせることで、ほかの方法では決して得られない気づきが生まれます。価値判断をしないで細やかな注意を向けることで、やがてスージーは、すべてが効率よく一緒に動くことに気づき、動きの改善によって情動的な苦痛も体の痛みも収まっていくはずです。

    次に仰向けに横たわって、自分の感覚をスキャンしてもらいました。骨格のどこが、どのようにテーブルと接触しているか、順々に注意を向けてもらい、どんな気持ちかも報告してもらいます。こうすると、レッスンが終わったときの変化に自分で気づくことができます。次に、昼寝をする時のように、一番楽な格好で横向きになってもらいます。彼女の体を穏やかに動かし、まず一番動きやすい方向に動かしてきます。このような非侵襲的なアプローチにより、信頼感が生まれ、不安と抵抗が消えます。彼女の体のあちらこちらに手を置いて、骨格のさまざまな部分を分化させ、連動させていきながら、筋骨格の動きをに気づいてもらい、全体が調和を持って動けることを実際に示します。内受容感覚と固有受容感覚に注意を向けさせ、新しい動きのパターンに気づくよう導きました。穏やかに、はっきりと動きを誘導されることで、生徒の神経系が自らを修正していくのです。それが理解されている、支えられているという思いに繋がり、深いところで統合的な変化を経験します。

    もう一度仰向けになるように言い、最初とどう違うかを感じてもらいました。広がったようで、軽くなり、落ち着いている、と言いました。次に座ってもらいました。座ってもらうと、前より穏やかで、背が高くなったような気がし、痛みが和らいだと言いました。今度は立ち上がって、歩き、さらに変化を探ります。ここ数カ月で初めて気持ちが休まり,明るくなったそうです。新しい状況にいるのが私にもわかり、古いパターンからずいぶん早く抜け出たなと思いました。

    幸福な時間を二人でシェアした後で、この感覚をどうやって継続させるかを、話し合いました。まず、毎日の生活の中でこの感覚が起きたときそれに気づくようにと言いました。そうすることで、希望、幸福感、穏やかさ、楽しみに注意を向ける習慣がつきます。注意をトレーニングすることで、新しい快適な状態が生まれ、不安、緊張、苦痛といった古いパターンが消えていくのです。それまでの経験から、スージーが私の声を聞き続けるだろうと分かっていました。私の穏やかな誘導の声を思い起こすと、自分に注意を向ける助けになるでしょう。

    次に、気持ちを落ち着け、変化を継続させるための簡単なマインドフルな動きを教えました。左手を自分の左腿に置き、自分の手と指のあらゆる部分が腿の上に載っているのを感じます。それをゆっくりと膝の方へ、お腹の方へと動かしながら、その動きに関わっている体のすべての部分を感じ取るようにします。スージーは、最初にこのムーヴメントやったときからすぐに呼吸が穏やかに、深くなりました。

    神経系が、交感神経の逃げるか戦うかのモードからシフトして、中立状態になろうとしているのだと説明しました。気持ちを落ち着かせたいときは、ひとりでいるときでも、子どもと一緒のときでもいつでもこれをやって構わない、と説明しました。ただ左腿に左手を置いて手のあらゆる部分を感じ取り、呼吸に注意を向けるのです。神経系のシフトは、これをやればやるほどより簡単に、よりすばやく起こるようになると保証しました。

    これは新しい状態を作り出して、それを習い性にしたひとつの例です。彼女の反応は、ずっと昔に私自身が最初に受けたレッスンと自分が経験した希望に満ちた自分についての新しい感覚を思い起こさせました。スージーの変化は、スージー自身にとっても、家族にとっても喜ばしいでしょうし、さらにレッスンを続けることによって、スージーにとってこの新しい状態が新しい習性となり、やがて自分のなりたかった母親になっていくでしょう。

    フェルデンクライスメソッドとIPNBの統合

    FIの基本は、首尾一貫したテーマに沿って部分の統合を促すことです。動きの学習の機能的な面は、幼児期の学習と関係しています。乳児期、幼児期には、哺乳瓶に手を伸ばしたり、おもちゃを拾おうとしたりするときなど、周囲を探ることで問題を解決しようとして、動きが起こります。人のあらゆる器官、脳、神経系、筋骨格系は、意図を持てば体の各部分の総和よりも大きなものとなります。これらのすべての部分が調和よく統合されたとき、意図は明瞭な動きに変換されるのです。この組織化がシーゲルの、「統合の川の流れ」という隠喩につながります。「流れの中心では、統合と調和が絶えずその形を変えながらとどまることがない。片側の岸は混沌を、反対側の岸はかたくなさを表わす。ひとは時折かたくなさの岸に寄ってしまい、動きが取れなくなる。別の日には混沌の岸に寄ってしまい、人生が予測不能、コントロール不能なものに感じられる。しかし大体において、元気で心が穏やかなときは、融通無碍の統合の流れに身を任せて調和の道をたどる」17このたとえを使いはじめたのは、ダイナミックシステム理論の提唱者である心理学者エスター・テーレン博士です。エスターは、水の流れ、岩、地面、樹木、川の湾曲、蒸発した水分が雨となって降ってくる様子を描写しながら、すべての部分がなくてはならない要素でありながら、互いに影響しあい、 と呼ばれるダイナミックなシステムを作り上げている、と説明します。シーゲル博士は、ダイナミックシステム理論を複雑系理論とも呼びかえています。脳は、互いに関連しあい、変化し続ける多くの下位システム持つ、生きているダイナミックなシステムと捉えることもできるでしょう。生きているシステムは外からの働きかけに対し開かれていて、生き残りのためには絶えず新しい特性を獲得して変化し、適応しなくてはなりません。開放的で柔軟なダイナミックシステムは、各部分を調和よく統合する機能を備えていますが、ストレスがかかると統合が乱れ、混乱するのです。フェルデンクライスは、次のよう指摘しています。「人間の構造は、基本的にダイナミックな組織であり、人間の行動もダイナミックである。『人間の本質』は生まれながら備わったものと個人の経験から出来上がったダイナミックな統一体であり、自分の限界であると思うものはたいてい、生まれつきではなく個人的経験に由来している」

    フェルデンクライスメソッドを実践することにより私たちは回復し、バランスや釣り合い、統合された状態の機能を再発見することができます。フェルデンクライスは、人の復元力というものは健康状態の直接的な反映だと言っています。IPNBは、私たちが生徒と行うことの何がどのように本当に効果をあげるのかということについてより深く理解させ、FMの実践に力を与えることができます。生前フェルデンクライス博士は、こう述べました「何かができないとか、失敗するということの、本当の理由が分かっていない人が多い。能力不足なのではなく、自分自身の使い方が誤っているのだ。動きを起こす力は、弱すぎてもいけないし、強すぎてもいけない。もって生まれたものは変えられないかもしれないが、力をコントロールする方法、滅多に気づかないけれど何かを妨げている要素から自分を解放して力を発揮する方法はちゃんと存在するのだ」

    ダナ・レイ修士は国際的に知られたフェルデンクライス・トレーナーで、サイコセラピストであり、カリフォルニア州サンディエゴのエンシニタスで、幅広い年齢層のクライアントを対象に、プラクティショナーとして活動しています。ダン・シーゲル博士がロサンゼルスで主宰するMindsight Instituteの活発なメンバーであり、Feldenkrais Guild of North Americaのメンバーでもあります。連絡先はwww.feldenkraissoutherncalifornia.com、760-436-9087

    (翻訳:フェルデンクライス・ジャパン)

    この文章の著作権はDonna Rayにあります。無断で転載および引用をしないで下さい。


    1. Grace Welker、”Awakening the Mind:Neurobiology and You:A Conversation with Daniel Siegel, MD,”http;//www.kripalu.org/article/322/
    2. Moshe Feldenkrais,Body and Mature Behaviour(New York:International Universities Press,1949)146-7
    3. Daniel Siegel,Mindsight:The New Science of Personal Transformation(New York:Bantam Books,2010),71
    4. Siegel,Mindsight,72
    5. Mindsight,72
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    12. Dan Siegel,”Mindful awareness,mindsight,and neural integration”Jouranl of Humanistic Psychology(APA Press),37(2),137-158
    13. Dan Siegel,”Mindful awareness,mindsight,and neural integration”Jouranl of Humanistic Psychology(APA Press),37(2),137-158
    14. Dan Siegel, The Mindful Therapist:A Clinician’s Guide to Mindsight and Neural Integration(New York:W.W.Norton,2010,9
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