ピアニスト/フェルデンクライスプラクティショナー
松本裕子さんインタビューFeldenkrais for Musicians
音楽家として活躍しながらフェルデンクライスも指導 する プロフェッショナルに聞くフェルデンクライスとの出会いは
音楽家としての人生の宝物~自分を探索し無駄のない動きというスキルを得て
ピアニスト 松本 裕子さん 変わったものとは~
演奏家、指導者として活躍されている松本裕子さんは、フェルデンクライス・ジャパン主催のプラクティショナー養成コース第1期(2007~2011)を修了されたフェルデンクライスプラクティショナーでもあります。松本さんに、フェルデンクライスとの出会いと実践が音楽家としてのご自分にとってどういう意味を持つかなど、体験とお考えを聞きました。
- 松本 裕子さん Yuko Matsumoto
- 桐朋女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学ピアノ科卒業。米国ンディアナ大学音楽学部大学院ピアノ科修士課程及びパフォーマーズ・ディプロマコース修了。在学中にアソシエイトインストラクターとして後進の指導にあたる。5年間のアメリカ留学の後、モスクワ音楽院付属中央音楽学校において音楽教育研修コース修了。
1995年にMusic Studio Cを設立。ピアノ教育およびソルフェージュ教育に注力し、多くのコンクール入賞者・ピアニストを育てている。国内のピアノコンクールをはじめ、海外の国際ピアノコンクール審査員や音楽祭講師を務める傍ら、MusicStudio Cコンサート形式オーディションを開催し、若手ピアニストの育成と支援活動を長年行っている。
演奏家としては現在東京を中心に定期的にリサイタルを開催。オーケストラとも多数共演し幅広いレパートレーを持つ。室内楽奏者としても精力的に活動中。デュオからクインテットまで数多くのコンサート実績がある。
2004年より室内楽導入教材の研究と出版事業に携わり、各地の室内楽講座の講師として活動中。また2017年にラインハイト室内楽アカデミーを立ち上げ、室内楽の常設クラスを開講。代表講師を務めている。
ライフワークの1つとして、2007年より4年かけてフェルデンクライスメソッドのプラクティショナーの資格を取得。無理・無駄のない自然なピアノ奏法を研究し、ピアニストの立場からフェルデンクライスを活用した効率的な身体の使い方や奏法、ジストニアなど手の故障について研究、個人レッスンやワークショップなど全国で活動をしている。フェルデンクライス・ジャパンとの共同開催による「音楽家のためのフェルデンクライスワークショップ」は好評を博した。
Music Studio C代表。(社)全日本ピアノ指導者協会正会員・アンサンブル国際交流委員会委員。ラインハイト室内楽アカデミー代表講師。牛久保楽器ピアノ科特別講師。フェルデンクライスプラクティショナー。大阪芸術大学非常勤講師。
フェルデンクライスとの出会いは
ワークショップかさみ 康子
松本さんはフェルデンクライス歴が16年ということですが、そもそもフェルデンクライスを知ったきっかけは何だったのでしょう?
松本 裕子
その頃は海外での生活から帰国して活動している中で、がむしゃらにやっていたこともあって手や背中の痛みなどに悩み、演奏家として体を壊していたと言えるような時期だったのです。それで様々な治療を試みていて、その中で気づいたのが、治療ではなく自分自身の演奏や体の使い方を変えなければ同じことの繰り返しになるということでした。薬などで単に痛みを取り去ったり、体の部分を治療して痛みを取り去っても又元に戻るだろうと実感していました。ちょうどそういうふうに自分自身の核となっている弾き方を変えたいと思っていた時期にフェルデンクライスに出会ったのです。
最初の体験は、英国人ピアニストのアドリアン・コックスさんが指導した「音楽家のためのフェルデンクライスワークショップ」に参加したことでした。中々衝撃的な体験でした。その時すごく肩が痛かったのですが、そのワークショップで腕と体のつながりを探索する動きをやったら、翌朝になってなんと肩の痛みが治っていたんです!今考えたらオーソドックスなフェルデンクライスのATMレッスンなのですが。ピアノを弾くのも本当に楽になっていて、それで「コレだ!」と思いました。
すぐにプラクティショナーになろうと決心し、フェルデンクライス・ジャパン主催の養成コースに申し込みました。
養成コースのプロセスとは
どのようなものだったのか、印象深い体験などかさみ 康子
探していたものはコレだ!ということだったのですね!
実際に養成コースに入られてみて、4年間というトレーニングのプロセスはどんな体験でしたか?
松本 裕子
卒業してからもう10年以上経ちましたが、トレーニング参加中にその場で得たものと卒業後に得たものには違いがあります。
まず、あの4年間で興味深くて充実していたのは、体の動きのメカニズムというのは様々な視点から見なければいけないのだということが分かったということでした。一つの部位を見るのではなく、例えば膝の動きを捉えようとしたら脚全体や骨盤に注意を払うとか、体がどう繋がっているかを考えて視点を変えて様々な方向で探求することを実践的に学んだことが新鮮で面白かったです。そうやって授業の中で色々と探索をした後で家に帰ってピアノを弾くと、感覚が変わっていて楽に弾けるようになっていたり、トレーニング中は本当に驚きと発見の連続でした。
ただ当時はまだそれが自分自身の演奏とか、教えることのスキルとどう繋がるかということについては、漠然としていたところがありました。ただ、感覚を使って探索することの楽しさというか価値を見つけ、探求していかない限りその先の学びの進展は難しいのだなと思うようになっていきました。演奏中にフェルデンクライスのスキルを利用して自分を探索することを始めると色んな興味深い気づきがありそれが4年間の間に増えていったという感じです。
かさみ 康子
トレーニング中の何か印象に残っている体験などあればお聞かせください。
松本 裕子
ちょうど4年のトレーニングの中間ぐらいの時期にリサイタルをすることになったんです。今とは全然違って、以前の私の覚では、演奏に骨盤を意識するイメージがなかったんですね。ピアニストは腕を一生懸命使うのだと思ってた。
それがちょうどトレーニング2年目ぐらいに、体の使い方について実践的に学んだことが全部繋がってきた時期だったのですが、本番で演奏する時に骨盤を使って弾いてみようと思ってやってみたんです。そうしたら体の骨盤から指先までのつながりを感じながら弾くことができて、わーこんなに楽なんだ!って。その体験は強く印象に残っています。それまでの演奏では得られない感覚でした。演奏家は皆手や脱力のことばかり考えるけど、体全体を使うことができるということは学ぶ価値があるなあと思いました。
指導することとフェルデンクライスの繋がり
かさみ 康子
演奏することとフェルデンクライスとの関係性は興味深いですね。それについては奥深く広いものがあると思いますので今後またお聞きするとして、もう一つの実践的な側面である生徒を指導されることについてはフェルデンクライスをどのように活用しているかお話いただけますか?
松本 裕子
それについては、大きく分けると2つあります。
一つは故障を抱えている人たちです、局所性ジストニアとか腱鞘炎ですね。ジストニアを患う方に対しては指導を重ねていますが、フェルデンクライスの有益性を日々実感しています。リサイタルができるほどに回復した人も何人もいます。これについては症例報告のような形での発表を計画しています。興味深いのは、そこに現れている症例そのものだけではなく、脳の誤作動が起こるきっかけと思われる過程に共通するものがあるということです。例えば、上体は無駄に動かしてはいけないという指導だったり手首より指先の力を強めることだったり。それはつまり間違った認識に基づいた教育を受けてきたということですが、それによって起きたその誤作動をどうするかと考えた時、やはり探索をする、自分が何をやっているかを演奏を通して探索させること、それが近道なんだと思います。はっきりと改善を実感することができているのでフェルデンクライスを実践することの効果は確かだと思います。
もう一つはもっと一般的なことです。子供でも大人でも、生徒さんたちは「このパッセージが練習しても弾けないんです」って言うことが多いのですが、そういう場合の対応ですね。練習量では対応できそうにない課題を乗り越える術を、指導者として提示できるようになってきた感があります。弾けない理由について模索したり、意識の向けられていない方向を指摘できるようになってくる。解決へ向けての方向性を導いてあげることが可能になるんです。分化とか未分化とか、体の部分がどう繋がるかとか、広く全体を見ることができるようになったと思います。こうすればこういう方向へ進めるよって。
こういったことも、自分で実践的に探索を日々行うようにしていることと繋がっていると思います。
例えば、ピアノという楽器の大きさは普遍的で同じなのですが演奏家の体は実に様々で、手の大きさも違います。そうすると同じ曲を弾くにしても一人一人やるべきことは全く違うということになります。その違いを肯定的に演奏に繋げて自分の感性や表現性にダイレクトに繋げるためには、フェルデンクライス的な探索が力を発揮すると思いますし、自分がそれをずっとやってきていることによって、指導者としてもスキルが高まったと思います。
自由自在さをいつも目指していたい
かさみ 康子
松本さんご自身にとってフェルデンクライスとは何か?音楽家として目指すところはどのようなイメージですか?
松本 裕子
ピアニストが80歳、90歳になった時に若い頃と同じように弾けることを期待するならば、何をすれば良いのだろうと考えるのです。それには、無駄を省いた効率の良い研ぎ澄まされた体の使い方ができるようになるための探索が必要なのだと思います。それをすることによって無限の可能性が見えてくるのだと思うのです。行動に無理があったら85歳になっても弾くというのは難しい。いかにシンプルに滑かに動くことができて最大限の能力を発揮できるような技術を維持できるかどうか、その課題のためにフェルデンクライスがあるのだと思います。学び方を学ぶ、ということですね!
目指しているのは、自由自在に自分を使って、思っているものを表現したいということです。もちろん、もっと上手くなれる、もっと上手くなりたいといつでも思っています。
上手くなるというのはどういうことかというと、具体的には、上手くいった時とミスをした時の違いを理解できるかどうかという事に繋がります。アルペジオとかスケールとか基本の動きがあるのですが、ものすごい高速で弾いている時にでも動きを探索できればいいですよね。黒鍵と白鍵の様々なパターンでも、柔軟に正しく鍵盤をとらえられるためには、理にかなった無駄のないスムーズな動きを模索するセンサーが働いていない限りできないんだと思います。根性論とか、練習の回数とかの問題ではなくて、自由自在さの追求をして自分がやりたいことをできるようにするようにした時にできるものなのです。だからフェルデンクライスが良いのです。
かさみ 康子
大変有益で素晴らしいお話を有難うございました。